ジョアン・ミロ 略年譜 | |
1893年 | バルセロナに生まれる |
1907年(14歳) | バルセロナのラ・ラ・ロンハ美術学校に入学。 |
1910年(17歳) | 両親の希望で商社に勤務したが、神経衰弱を患い療養する。 |
1912年(19歳) | フランシスコ・ガリ美術学校に入学。 |
1918年(25歳) | バルセロナのダルマウ画廊で初めての個展を開催。 |
1919年(26歳) | 初めてパリを訪れ、ピカソらと交友を結んだ。 |
1920年(27歳) | トリスタン・ツァラ、マックス・ジャコブらに会いダダ運動に参加。 |
1922年(29歳) | 9カ月を費やして初期の代表作『農園』を制作。 |
1924年(31歳) | ブルトンら詩人達と知り合いシュルレアリスム運動に参加。 |
1926年(33歳) | ロシアバレエ団「ロミオとジュリエット」の舞台装飾をマックスエルンストと共同で制作した。 |
1936年(43歳) | スペイン内戦勃発のためフランスに亡命。 |
1937年(44歳) | パリ万国博覧会のための壁画を制作。 |
1940年(47歳) | 代表作である『星座』シリーズの制作を開始。 スペイン・マリョルカ島に移住。 |
1941年(48歳) | ニューヨーク近代美術館で大規模な回顧展 |
1942年(49歳) | バルセロナに戻り居を定めた。 |
1947年(54歳) | 初めてアメリカを訪れ、シンシナティのテラス・ヒルトン・ホテルの大壁画を制作。 |
1954年(61歳) | ヴェネツィア・ビエンナーレで国際版画大賞を受賞。 |
1956年(63歳) | 母と妻の故郷であるマジョルカ島パルマに移住。 |
1958年(65歳) | ユネスコ本部ビルのための陶板大壁画が完成。 |
1966年(73歳) | 東京国立近代美術館、京都国立近代美術館で大規模な回顧展。 |
1969年(76歳) | 大阪万博のために陶壁画制作。 |
1972年(79歳) | バルセロナにジョアン・ミロ財団が創設された。 |
1978年(85歳) | 85歳を記念してマドリードで大規模な回顧展。 |
1980年(87歳) | バルセロナ大学より名誉博士号が授与された。 |
1983年(90歳) | 12月25日マリョルカ島のパルマにて死去。 |