近世の日本で独特かつ高度な発展を遂げた「浮世絵」が近代のヨーロッパ絵画に衝撃を与え、世界の美術史において特筆をもって記されていることは、日本文化の誇るべき史実であります。1997年に、アメリカの雑誌『ライフ』が企画した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人 Life's 100 most important people of the second millennium」に選ばれた唯一の日本人。江戸に生まれ、90年の生涯をひたすら描くことにつとめ、みずから画狂人を名乗った天才浮世絵師葛飾北斎(1760-1849)。
本展は北斎の残した2大傑作『北斎漫画』と『冨嶽三十六景』を展覧いたします。
『北斎漫画』
北斎の代表的絵手本(えでほん)。絵手本とは絵を学ぶ人や門人のための図案集。文化11(1814)年北斎55歳のとき、名古屋の版元・永楽屋東四郎から300余りの図を収録して出版。この1冊で完結のつもりだったが思いのほか好評だったので編をかさね、北斎没後も新編が刊行され続け明治11(1878)年まで15編が世に出されました。収めた図は3900余り。人物、風俗、動植物、魚介類、名所旧跡、妖怪変化・・・森羅万象を描き尽くさんとした北斎の執念の結晶といえましょう。
ところで、印刷物には版を使用しますけれど、このたび、江戸から伝承され、曲折を経て京都の版元・芸艸堂(うんそうどう)の所有となっている貴重な版木を使って現代の摺師が再摺するという困難な事業が行われました。本展では実物の伝承版木と、再摺された図版から北斎漫画の妙味を伝える130余図を展示いたします。
『冨嶽三十六景』
あまりにも有名な連作版画の大傑作にして風景版画の金字塔。70歳代になった北斎が研鑽のすべてを注いだ意欲作。天保2-5(1831-34)年にかけて版元・西村屋永寿堂より刊行されました。当初は36図で完結の予定でしたが、あまりの人気に10図が追加され46図になりました。すぐれた描写力とともに斬新で奇知にみちた画面構成でまとめられたこのシリーズが、ヨーロッパの印象派絵画に影響を与えたことは、近代美術史上の有名なエピソードのひとつとして語られています。